本屋さんをプレゼントされる。

香港に7年前に来た時、一番不安に思ったのは、日本の本屋さんへ行けない事だった。
8、9年前に仕事で外回りをしている時も、ちょっとの時間を見つけて、本屋へ入ったり、帰宅途中には、途中の小さな商店街にある小さな2件の本屋へ、ほぼ毎日立ち寄っていた。1件だけの時もあれば、2件両方の時も。
小さな本屋さんは、それぞれ個性があり、平台をみると、このお店は、デザイン、インテリア、雑貨系みたいなものが好きなんだな?、と感じたり、他方の店では、若い店主なのに、新刊本でも小説でも、心理的、哲学的なものを主においているな?など、カラーを感じて面白かった。そのうち古本屋がそれ程大きくない商店街の中にいくつかでき始め、2件あった本屋さんは、万引きの憂き目にもあい、徐々に2件とも姿を消した時は残念だった。
大きな本屋さんでは、置いてある小説、雑誌、新書などを見ると、人々がどんな傾向にあるのか、のぞき見られる様な気がしていたのだと思う。それが、自分と一緒だったり、または思いもかけないモノだったり。本好きというより、そんなことを見るのが好きだった。
香港に来てからも、一時帰国の際は、必ずと言っていい程、一日は大型書店にこもって探検していた。江戸ものがはやっていれば、江戸の料理本から紋きり、江戸しぐさを説明した本などなど買いあさり、「帰国中じゃなきゃ買えない!」という焦燥感から、かなり無駄遣いもしたが、本屋へ行くというのは、一時帰国の目的の一つだ。
私の来た頃の香港には、日本の本が売っている本屋さんがそれほど充実していたとはいえない。一応あるにはあるのだが、いつまでも同じ本が置いてあり、平台に置かれているものも、流行っているとか、話題であるという本、雑誌というわけではなかった。
それがだんだんと日本の大型書店が日系デパートの中にでき、インターネットでの販売も充実し、雑誌は国際宅配便の会社に頼んで定期購読していた。値段は送料分も入れて、日本で買う1.5倍?2倍くらい高いが、本を買うということについては、それほど困らなくなっていた。
そうなると今度は、毎月定期的に送られてくる雑誌を積み上がって行き、住宅事情の悪い香港のマンションを圧迫していく。2倍もする料金も毎月となると、やっぱりちょっと高いね、ということになり2、3年続けていた購読をやめた。
ニュースでも、レシピでも、新商品情報でも、調べれば、なんでも分かる。しかしそれは、個性を持って収集された商品としての情報ではなく、また、それらを物色する事が出来ない寂しさや物足りなさを感じてはいた。
そして、今年の誕生日。Mac好きの夫は、iPadをプレゼントしてくれた。
インターネットは、家にいればPCでみるし、外にいれば携帯で見る。メールもしかり。間違えて前に買ってしまった電子ブック、宮部みゆき著「暗獣」はiPadだけに対応なので、取りあえずそれを読む。絵本みたいで、するするっと読んでしまい、他に本はないかと、そのまま本を探していたら、本そのものではなく、本屋があった。
雑誌だけを取り扱っている『マガストア』、マンガを主に取り扱っているebook、学研の電子書籍販売、紀伊国屋書店の電子書籍版、などなど。
まだまだ、好きな本はあるのかと聞かれると全然なのだが、選ぶ楽しみはある。ほぼ売っている雑誌をそのままの状態で電子ブックで見る事ができる。(一部簡略化しているものもあり、とても残念なのだが)雑誌の表紙も見る事ができる。
まだまだだね?といいながら、うれしがって、8月一杯で、1万円以上の買い物をしてしまった。
それも、マレーシアのリゾートのプールサイドで、又は、夜中、香港の自宅のベッドの上で。買おうと思えば、どこでも買える。とても危険な本屋である。
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