寒い香港で入院した病室は

日本に大きな寒波が来て、どこそこで、大雪だった1月の終わり頃、香港でも、私の家から車で30分程度で登れる香港一高い山「大帽山」の頂上付近では零下になり、霜がおりたり、香港の北の方ではみぞれが降ったりするほどの寒さになっていた。

 

余談であるが、霜柱というお干菓子がある。細い飴を幾重にも重ね霜柱のように見せかけているもので、日本からのお土産として、たまにお茶室でみかけると、一緒に茶道をしている香港の人に霜柱とは何か、と聞かれることが多い。だが、彼らは霜柱はおろか、霜も見たこともないらしく、なかなか説明しづらいのである。

 

そういう香港で“霜がおりた”ということなので、先生が子供達を引率して、山に霜を見に行った学校もあるということだった。その他にも、大勢の人が霜を見に行き、山道は渋滞したらしい。登山する人も滑って転び、サポートするための消防隊の中にも滑って転んだ人もいたらしい。

 

ここ香港は亜熱帯である。本来、冬は1ヶ月くらいしかなく、10度を下回ることはそれほどない。よって、暖房器具が充実していないのである。私の家にしても、エアコンを修理する前は、エアコンといえども、冷房機能のみのものしかなかった。幸いにも、夏に新しくしてもらった6台中3台には、特別にリクエストしていないのにもかかわらず、なぜか暖房付きのエアコンになっていたので、今回、とても助かった。

 

年に何日も寒い日はないのだが、香港の多くの人たちは、冬の装いが大好きで、20度を下回ると、ダウンを着ている人が急に増える。私は20度下回るくらいだと、長袖1枚で歩いている。そして、旅行中の欧米人はというと、半袖の人もいるくらいだ。同じ場所に、いろいろな季節感の服を着た人たちがいる。一方、建物の中は、冬でもエアコンがついていて、除湿機能なのか冷房なのか、ひんやりしていることが多い。

と、いうのが、今までの香港の冬なのである。

 

しかし、今回は、本当に寒かった。

冬に日本に帰るときは、10度以下の寒さを思い出したくて帰るのだが、香港の10度以下は、ちょっとつらい。

 

金曜日くらいから、街中でも気温3度。週明けの月曜日には、あまりの寒さに、幼稚園と小学校は、休みになった。

「最低気温3度くらいで学校がお休みになるなんて、そんなこと言っていたら日本の北国はどうなるの??」と思われると思うが、香港では学校でも、冷房はあるが暖房器具はほぼ無い。オイルヒーターがある教室もある、というくらいで、6年生の息子の部屋にはそれすらも置いて無いそうだ。

子供が集まり、その熱気で10度位アップしても13度。コートを着て手袋もしたいレベルである。

 

お休みにならなかった中学校に関しては、政府から「保護者は十分に注意して、暖かいものを着せて学校に行かせるように」というお達しも出ていた。

 

急いで、暖房器具を買う香港人も多く、同じマンションの出入り口では、買ったばかりの暖房器具の段ボールを抱えて帰って来る人を見かけた。それが、土曜日の事だった。

 

その前の木曜日、息子は学校から帰ると、だるさを訴えるが、熱もなく、テニスのレッスンへ。帰ってきて、早めにベッドに入ったが、金曜日の朝には熱が38度以上あった。

翌土曜日は普段ならばお休みなのだが、この日は学芸会のようなイベントがあるため、休ませたくなかった。しかし、土曜日になっても熱は下がらず、歩くとフラフラするということだったので、泣く泣くイベントはお休み。その後も安静にしていたのだが、熱は上がるばかり。

外気温3度~5度。家中の暖房器具をつけた。家中と言っても、リビングには、小さい電気ファンヒーターが2つと、ホットカーペットのみである。そして、息子の部屋やベッドルームに新しくつけてもらった暖房。いつもオーナーには心の中で毒づいてばかりいるが、今回は、ありがたかった。

夕方になり一向に熱は下がらず、寒い中、病院へ行くことにした。

病院の外来で診察を待っていたら、屋内の空気が暖かかった。さすがに病院は、暖房がついているね~と一安心。

診察をしてもらうと、その時点で39度以上の高熱、その他の症状から、「多分インフルエンザで、肺炎になりかけているので、入院してください」と、いとも簡単に言われてしまった。

入院手続きを終え、病室に案内されると肌寒い。。エアコンのコントローラーがあったので、見てみると、ダイヤル式の温度設定ができるタイプで、30度に設定されていた。

エアコンを切ると、さらに温度は下がるのだが、30度設定でも出てくる風は冷たい風。暖房が入っていたのは、外来だけだった。

 

息子は、自分の羽布団とは大違いの硬い掛け布団をかけるが、足りずに、車の中に常備しているマイクロファイバーのブランケットを駐車場まで取りに行き、それも掛けて、やっと温まったようだった。

付き添いの私はというと、簡易ベットといっても、ビニール張りの長ソファーにシーツを敷き、病人用の硬い掛け布団よりもさらにごわごわで薄い布団。一晩過ごしたら、鼻の頭がすっかり冷たくなってしまった。

 

翌朝、薬で熱が下がった息子は、「家にいた方が早く治るよ」とつぶやいていた。

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お天気の良い日の大帽山からの眺め。かなり上の方まで、車で登ることができる。秋の週末にも、大渋滞になるそうだ。

標高957m、香港一高い山である。

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過渡期?-4 サービスが良くなるその先は

要は、壁側のダクトと、本体側のダクトのつなぎ目を本来ならばテープで固定し、水漏れがない様にしなければならないのだが、施工業者は、それをスキップしたらしい。やっと腑に落ちた思いがした。今までの他の部屋も含めたエアコンの水漏れの原因は、きっと殆ど全てが今回と同じなのではないかと思ってしまう。(そして、タオルが入っているエアコンも少なく無いのかもしれない)

メーカーの人は薄々それが原因だと感じていた様だが、香港人同士の馴れ合いからか、顕在化させなかった様だ。さすがに彼もタオルを入れるとは思っていなかった様で、もう言い逃れはできないと思ったらしく、トントントンと話は進んでいく。

と、そこへ、施工業者の兄という人がやってきた。彼は施工会社の社長でもあるらしい。

すらっとした彼は、礼儀正しく、冷静に状況を見て、弟が適当なことをしたことを認め、解決として、ダクトのつなぎ目を何かの素材で固めて水漏れがないうようにする、と説明した。その横では、さっきまで鷹揚だった弟が小さくなっている。

施工業者兄は、材料を買ってきて、1台につき30分くらいで直していった。

そして、驚くことに、修理のために出たゴミ等を掃除していった。日本では当たり前にやってもらえることだが、香港では、その辺中を埃だらけにして私でもできるような施工をして、大威張りで帰っていくような施工業者しか、見たことがなかったので、驚きである。

その後、水漏れはなく、エアコンの下に洗面器の無い生活の快適さを楽しんでいる。

その話を、築3、4年のマンションに住んでいる友達に話したところ、何よりもエアコンの水漏れはしないらしい。うちの工事の時に、施工業者兄が、何故最初から来なかったかというと、新築のマンションの方にかかりきりで、来られなかったとのことだった。最近の新しいマンションには、施工業者もきちんとした人がいくのかなぁと、ちょっと羨ましかった。

それからしばらくの後、私と同じくらいの12年前に香港赴任を経て深センに赴任し、一度日本に戻ってから、昨年また深センに再赴任した友達と久しぶりのランチをした。

エアコンにまつわる今までの経緯と「香港にも立派な(日本で言えば普通の)施工業者もいるんだよ」と締めくくったところ、彼女のうちもキッチンの換気扇を交換してもらった際の施工業者が、なんと、工事の際にゴミが散らからないように、他を傷つけないように、養生をして施行し、更に綺麗に掃除をしていったらしい。

更に、彼女を訪ねて深センへ行ったイミグレ(出入国審査カウンター)でのこと、お土産に中国産以外の人参とじゃがいもを持って行ったら、生野菜は持って入れないとのこと。その時の係員が、綺麗な英語で、丁寧に、「大変申し訳ありませんが、これらは持って入れません。お帰りの際にお持ち帰りになりたければ、そうできますが」(意訳ではあるが、話しぶりや口調で、こんな感じに聞こえた)と言う。

以前は、「あ〜これダメダメ」(これもまた雰囲気だけの意訳)という身振りで、「没収したものを絶対にあとで食べているよ」と取られた人の中にはそう言ういう人もいるくらいだった。

この12年の間に、様々変わってきた。なんとなく、私が子供だった時の日本って、こんなだった?というところから、現在の日本に近づいているのかも、とも思う。過渡期なんだろうと思うが、今の日本を見ていると、この先サービスがよくなるにつれ、あまり窮屈になって欲しく無い、思うこともしばしば、である。

没収したものを食べてしまうことも、適当に施工することもはっきり言って、全く肯定するつもりはないし、当事者としてはそういう適当な人たちを「憎い!」とさえ思う。でも、そういう適当さが相手にも過度に常識を求めず、いろいろな人がいるということも肯定し、なんとなく、自由に楽に生きられている(た?)んだなぁ〜と思わずにはいられない。(fin)

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